2 盲獣が咆哮する声盲獣が咆哮する声言葉に出来るだろうか? 押さえつけられた盲獣が咆哮する声を! 言葉に乗せられるだろうか? 盲獣の哀惜を! 何もしたくない! 何もできない! 何もしてはいけない! 何をしてはいけないの? 数十年の間、身体の奥底で唸りを上げながら、突き動かしてきた衝動が、行き場所を見失い、固い殻を喰い破って姿を現そうとしている。 これをしなさい。 皆が喜ぶから? こうしなさい。 皆が安心するから? その度に盲しいた獣を囲む『檻』を、『殻』を強く堅く封じ込めてきた。 身体を捻じって身悶えしながら獣の心は、如何しようもない現実に封印されてしまう。 傷ついて体中から湧き出す血の海に沈み、暫らく獣の心は従順を強いられ、それが本来の姿だと獣は己の姿を見失う。 しかし、獣の心は、死にはしない。 盲しいて、喉が潰され声も出ず、身悶えしながらも、時が来るのをジッと待つ。 唯只管に自分が起き上がる時をジッと待つ。 野獣の心がそうさせたのか? 世界の貧困を見て廻ったことがある。 盲しいた獣がそうさせたのか? 原初の遺物を見て廻ったことがある。 何時の時代も心の野獣が暴れ出すと『戦火』にまみえ。 何時の時代も盲しいた獣が暴れ出すと『新たな文明』が生じる。 『戦火』も『新たな文明』も、旧の時代の血を啜る。 何故大人しくしていなければならない? 世の中には、此れほどの血が流れているではないか! 何故、こんな平和ボケした処にいなければならない? 膿んで饐えた匂いに気が付かないのか! オレは『こんな腐った処』で、『悪意に満ちた善意が溢れている処』で押し潰されるのにはもう飽いた。 それじゃお前は何がしたい? 全てを打ち壊したいのか? 閉じ込めていた『集落の掟』、『社会の規則』・・・全てのシガラミ。 そして『人として生きることを止めてしまった病んだ社会』を打ち壊すのか。 何が良くて何が悪いかなどオレが決めてやる! 未だお前は縛られたいのか? この『腐った奴ら』みたいに『鎖に繋がれた自由』がそれほど恋しいか! それほど大切か? 頭が痛い。 何も考えたくない。 それがお前の答えか? 何もせず、上辺だけの世界を見てきたと満足して死んでいくのか? 自分で何ができるか試そうともせずに。 自分の思い通りにならなかったら「うつ」だの「風邪」だと喚いて人生を終わらせるのがそれほど大切なのか。 お前には眼があるのか? 口は? 鼻は? そして自分の思いに生きる『苛烈な寂寥を喜ぶこと』さえ出来ぬブタに成り下がったか! 盲していてもオレには寂寥がよく見える。 喉が潰されていても寂寞の詩は謳える。 お前を包み込み、お前が仕合せだと思い上がっている虚像を打ち壊してやろうか。 お前は自分の足で立ったことがあるか? お前は自分で這って喰ったものがあるか? 虚構の世界に眩暈を感じながら、『それを現実だ』と言い聞かす、お前の言い分はもう聞き飽きた。 オレの血海の中で爛れた皮膚が、饐えた「現実」の生ぬるい体液に身震いする。 この中に何の「実」があるか。 何も出来なければ。 何もしたくなければ。 何も考えたくなければ。 お前のレーゾンデートルは何処にあるか。 血も凍える寂寥たる山頂に憧れる気持ちは何処にいった? 何もせずに。 全てのシガラミに背を向けて。 何もせずに。 ジッとしていよう。 したくないことなどしなければいい。 喰いたくないものなど喰わねばいい。 何もせずに。 ジッと。 何もせずに。 ただ、『盲しいた心の獣』が『殻』を食い破る。 ジャンル別一覧
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